なぜなぜ哲学教室

子供の「なんで僕は僕なの?」に答える哲学的なヒント

Tags: 自己同一性, アイデンティティ, 存在論, 哲学対話, 親子教育

子供たちは、成長の過程で様々な「なぜ?」を抱きます。その中でも、「なんで僕は僕なの?」という問いは、シンプルでありながら、哲学が深く探求してきた「自己同一性(アイデンティティ)」という根源的なテーマへと私たちを誘います。この問いは、子供が自分自身を理解し、世界の中で自分の存在を位置づけるための大切な一歩となるでしょう。

この記事では、お子様が抱く「なんで僕は僕なの?」という疑問を、親子で哲学的に深めるための具体的なヒントをご紹介します。日々の忙しさの中でも、短時間で実践できる対話のきっかけやアクティビティを通して、お子様の考える力を育み、共に学び、成長する楽しさを発見していただければ幸いです。

日常の疑問から哲学的な探求へ

「なんで僕は僕なの?」という子供の問いは、自己の存在や連続性についての素朴な疑問です。これは、哲学における「自己同一性(Identity)」という概念に直結します。自己同一性とは、時間や変化を経てなお、あるものが同じものであると認識される性質を指します。

例えば、お子様が「昨日の僕は、今日の僕と同じなの?」と尋ねるかもしれません。あるいは、「赤ちゃんの頃の僕と、今の僕では、見た目もできることも全然違うのに、どうして同じ僕なの?」と疑問を抱くこともあるでしょう。このような問いは、私たちの体が変化し、記憶が新しく書き換えられていく中で、「私」という存在がどのように連続性を保ち続けているのか、という深遠なテーマへと繋がります。

自己同一性を考えるための哲学的な概念と思考実験

この疑問を深めるために、関連する哲学的な概念や思考実験を、お子様にも分かりやすい言葉で紐解いてみましょう。

テセウスの船の思考実験

古典的な思考実験である「テセウスの船」は、自己同一性を考える上で非常に役立ちます。

「ある船が、長い航海の間に少しずつ傷み、そのたびに古い部品を新しい部品と交換していきました。最終的に、船の全ての部品が新しいものに交換されたとき、その船はもともとの船と『同じ船』と言えるでしょうか?」

この問いを子供に投げかけてみてください。 「じゃあ、〇〇ちゃんは、赤ちゃんの頃から今まで、たくさんの細胞が入れ替わって、体の中身はほとんど全部新しくなっているんだよ。それなのに、〇〇ちゃんは赤ちゃんの頃の〇〇ちゃんと『同じ〇〇ちゃん』かな?」

ほとんどの人は、それでも「同じ船」「同じ自分」だと感じることでしょう。しかし、その理由を考えること自体が、哲学的な思考の訓練となります。何をもって「同じ」と判断するのか、という基準について考えるきっかけになります。

ジョン・ロックの記憶による自己同一性

17世紀の哲学者ジョン・ロックは、人の自己同一性は「記憶」によって保たれると考えました。つまり、現在の私が過去の私の行動や経験を記憶している限りにおいて、私たちは同じ存在である、という考え方です。

「もし、〇〇ちゃんが生まれてから今までの全部の記憶をなくしてしまったら、それでも〇〇ちゃんは『同じ〇〇ちゃん』かな?」

この問いは、記憶が私たち自身の認識にとってどれほど重要であるかを考えさせます。過去の自分との連続性を意識する上で、記憶がどのような役割を果たすのか、親子で話し合ってみるのも良いでしょう。

心と体の関係:心身問題

自己同一性を考える際には、私たちの「心(意識や思考)」と「体」の関係も重要なテーマです。

「〇〇ちゃんの体がもしお人形みたいになったら、〇〇ちゃんのお心はどうなると思う?それとも、〇〇ちゃんの心が別の子の体に入ったら、それはもう〇〇ちゃんじゃないかな?」

この問いは、私たちは体によって「自分」を認識するのか、それとも意識や心によって「自分」を認識するのか、という根源的な問題に繋がります。

親子で対話を深めるための質問例とアクティビティ

これらの概念を踏まえ、親子で楽しみながら哲学に触れるための具体的な質問例や、短時間で実践できるアクティビティをご紹介します。

対話のための質問例

親子で楽しむアクティビティ

  1. 「私の特徴マップ作り」

    • 方法: 大きな紙に、お子様自身の絵を描いてもらいましょう。その絵の周りに、「体(髪の毛の色、背の高さなど)」「性格(優しい、元気など)」「好きなもの(食べ物、遊びなど)」「できること(走る、絵を描くなど)」「記憶(楽しかった思い出など)」といった、自分を形作る要素を自由に書き出してもらいます。
    • 対話: 全て書き出した後、「もしこの中のどれか一つがなくなったら、〇〇ちゃんはまだ〇〇ちゃんだと思う?」と問いかけてみましょう。親御さんも一緒に自分のマップを作り、お互いのマップを見せ合いながら、何が自分を自分たらしめているのかを話し合ってみるのも良いでしょう。
  2. 「タイムカプセル思考実験」

    • 方法: お子様に、未来の自分(例えば5年後、10年後)に向けて手紙を書いてもらいます。または、今の自分の好きなものや夢を絵に描いてもらい、それを「未来の自分へのプレゼント」として保管します。
    • 対話: 数年後、その手紙や絵を見返した時に、「この時の自分と今の自分は、どこが同じで、どこが変わったかな?」と問いかけてみましょう。時間が経つことで変化する自分と、変わらない自分について考えるきっかけになります。

答えのない問いに向き合う面白さ

自己同一性の問いに、唯一絶対の「正解」はありません。テセウスの船が良い例であるように、同じ問いに対して多様な考え方が存在します。この「答えがない」ということ自体が、哲学の面白さであり、多様な視点から物事を考える力を育む上で非常に重要です。

お子様が答えに窮しても、焦る必要はありません。大切なのは、答えを出すことではなく、様々な可能性を想像し、論理的に思考するプロセスそのものを楽しむことです。親御様も一緒に「うーん、難しいね」「パパ(ママ)はこう思うよ」と、自分の考えを共有してみましょう。

終わりに

「なんで僕は僕なの?」という問いは、お子様が自己を認識し、自分と他者の違いを理解し、自己の価値を見出すための大切なステップです。この哲学的な探求の旅は、お子様自身の成長はもちろんのこと、親御様にとっても、人間という存在について深く考える貴重な機会となるでしょう。

日常のささやかな疑問から広がる哲学の世界を、ぜひお子様と一緒に楽しみ、対話を通じて共に豊かな学びを深めていってください。その一つ一つの対話が、お子様の未来を形作る大切な思考の土台となるはずです。