子供の「なんで良いことと悪いのがあるの?」に答える哲学的なヒント
子供たちは日常の中で、「どうして嘘をついちゃダメなの?」「なんでお友達に優しくしなきゃいけないの?」といった疑問を抱くことがあります。これらは単なる社会のルールや親の教えとして片付けられがちですが、実は人間の行動や社会のあり方、さらには「私たちがどう生きるべきか」という根源的な問いへとつながる、哲学的な探求の入り口です。
この問いかけは、幼い心にとって世界の複雑さを理解する第一歩であり、善悪の判断基準を自分なりに構築していく大切な機会でもあります。親子でこの問いに向き合うことは、子供の道徳観や倫理観を育むだけでなく、親自身もまた、当たり前だと思っていた価値観を再考する貴重な学びの機会となるでしょう。
「良いこと」「悪いこと」って何だろう? — 倫理学の扉を開く
子供の「なんで良いことと悪いことがあるの?」という問いは、哲学の大きな分野の一つである「倫理学」の核心に触れています。倫理学とは、私たちの行動が「良い」か「悪い」か、あるいは「正しい」か「間違っている」かを考える学問です。
人間はなぜ、集団の中で特定の行動を「良い」とし、別の行動を「悪い」とするのでしょうか。それは、私たちがお互いに気持ちよく、安全に、そして豊かに生きていくために、何らかの基準が必要だと考えるからです。しかし、その基準は一つだけではありません。時代や文化、個人の考え方によって、善悪の判断は多様に変化しうるのです。
哲学の視点から考える善悪の基準
哲学では、善悪を判断するいくつかの主要な考え方があります。これらを子供に説明する際は、専門用語をそのまま使うのではなく、日常の具体例に落とし込み、親がかみ砕いて伝えることが大切です。
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みんなの幸せを考える「功利主義」
- 考え方: 最大多数の最大幸福を目指す考え方です。つまり、ある行動が、より多くの人にとって良い結果をもたらすならば、それは「良いこと」だと判断します。
- 子供への説明例: 「もし、おもちゃを一人で独り占めするのと、みんなで一緒に遊ぶのと、どっちがもっとたくさんの人が楽しい気持ちになれるかな?みんなが楽しい方が『良いこと』だね、と考えるのが功利主義だよ」
- 親からの問いかけ例: 「もしあなたがこの行動をしたら、誰がどんな気持ちになると思うかな?」「どうすれば、もっとたくさんの人が喜んでくれるかな?」
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守るべきルールを大切にする「義務論」
- 考え方: 行動の結果がどうなるかに関わらず、特定の義務やルールに従うことが正しいと考える立場です。約束を守る、嘘をつかない、といった行動そのものに価値を見出します。
- 子供への説明例: 「お友達との約束は、どんなに他の遊びがしたくても守らないといけないね。嘘をつかないことも、誰にとっても大切なルールだね。このように、守るべき大切なルールがある、と考えるのが義務論だよ」
- 親からの問いかけ例: 「もし約束を破ったら、どんな気持ちになるかな?」「どんな時でも守りたい、一番大切なルールって何だろう?」
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どんな人になりたいかを考える「徳倫理学」
- 考え方: どのような行動をするかよりも、どのような人間であるべきか、どのような性格を育むべきかという「徳」に焦点を当てます。勇気がある、正直である、慈悲深い、といった徳を持つことが良い生き方につながると考えます。
- 子供への説明例: 「あなたは、どんな人になりたいかな?優しい人?正直な人?勇敢な人?そうなりたいと思うなら、そのためにどんな行動をしたらいいだろう?と考えるのが徳倫理学だよ」
- 親からの問いかけ例: 「もし、あなたが憧れる優しいお兄さん(お姉さん)だったら、この時どうすると思うかな?」「どんな気持ちで行動すると、自分も周りの人も幸せになれるかな?」
これらの考え方を比べることで、善悪の基準が一つではないこと、状況によってどれを優先するか考える必要があることを、子供は少しずつ理解していくでしょう。
日常で実践する親子の哲学対話と思考実験
忙しい日々の中でも、子供との何気ない会話を哲学的な探求の時間に変えることは可能です。
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今日の「良いこと」「悪いこと」探しゲーム
- 寝る前や食事中に、「今日あったことで、良いことだったなと思ったのはどんなこと?」「逆にもし、良くないなと感じたことがあったら、それはなぜだろう?」と問いかけてみましょう。
- テレビのニュースや絵本の物語についても、「この登場人物の行動は良いことかな?悪いことかな?なぜそう思う?」と話し合うことで、具体的に考えるきっかけになります。
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「もしも、みんなが透明マントを持っていたら?」思考実験
- 古代ギリシャの哲学者プラトンが提示した「ギュゲスの指輪」という思考実験を子供向けにアレンジしてみましょう。「もし、誰にも見つからずに何でもできる透明になるマントがあったら、あなたはどんなことをしてみたい?良いことをする?それとも悪いことをする?」
- 誰も見ていない状況で、人がどのような行動を取るかを想像し、「なぜそうするのか」「それが本当に良いことなのか」を話し合うことで、善悪の根源や、自分自身の内面と向き合うきっかけを与えます。
- 親からの問いかけ例: 「もし、誰も見ていないところで、こっそりお菓子を一つだけ余分に食べても、誰にもバレなかったら、あなたは食べる?なぜそう思う?」
答えのない問いに向き合うことの価値
善悪の基準には、唯一の「正しい答え」がないことがほとんどです。文化や状況、個人の価値観によって、何が「良い」とされるかは異なります。しかし、だからこそ、自分自身で深く考え、多様な視点から物事を捉え、他者と対話するプロセスそのものが非常に重要なのです。
この探求を通じて、子供たちは他者の感情を想像する共感力、状況に応じて判断を下す思考力、そして自分なりの倫理観を築き上げる力を養うことができます。答えがないからこそ、無限の「なぜ?」が生まれ、考えることの面白さや奥深さを体験できるのです。
考える楽しさを共に
子供の「なんで?」は、知的好奇心の宝庫であり、哲学的な思考へとつながる貴重な問いかけです。日常の中に隠された哲学の種を見つけ、親子で共に考える時間を楽しむことで、子供たちは世界をより深く、多角的に理解する力を育んでいくでしょう。
親が子供の問いにすぐに答えを与えるのではなく、一緒に考え、対話を重ねる姿勢を示すこと。それこそが、子供の成長にとって何よりも豊かな学びとなります。そしてその過程は、親自身の新たな発見や内省の機会にもなるはずです。これからも、子供の「なぜ?」を哲学の入り口として、共に考える楽しさを分かち合ってください。